「年収500万円だから、5,000万円(年収の10倍)のマンションを買いたい!」
モデルルームで夢が膨らみ、いざ銀行の事前審査に出してみると……結果は「減額承認」。
希望額には届かず、「3,500万円〜4,000万円までなら貸せます」という回答が返ってくる。そんな経験をする人は少なくありません。
一般的に、住宅ローンの借入限度額は「年収の7倍〜8倍」程度と言われています。
しかし、今の変動金利は0.3%〜0.4%という超低金利です。電卓を叩けば、もっと借りても毎月の返済額は大したことないように見えます。それなのに、なぜ銀行は頑なに貸してくれないのでしょうか?
実は、銀行は審査のとき、あなたがチラシで見ている金利とは全く違う「別の金利」を使って計算をしています。
今回は、銀行が審査の裏側でこっそり使っている「審査金利(ストレス金利)」の正体と、「貸してくれる額」と「返せる額」の決定的な違いについて解説します。
1. 銀行が重視するのは「倍率」ではなく「比率」
まず、「年収の〇倍」というのは、あくまで結果として出てくる目安に過ぎません。
銀行が審査で最も重要視している指標は、「返済比率(返済負担率)」です。
返済比率とは、「年収(額面)に占める、年間のローン返済額の割合」のことです。
多くの銀行では、この上限を「30%〜35%」程度に設定しています。
- 年収400万円未満: 返済比率 30%以下
- 年収400万円以上: 返済比率 35%以下
- (※銀行や住宅金融支援機構のフラット35などにより基準は異なります)
たとえば年収500万円の人なら、その35%である「年間175万円(月額 約14.5万円)」までが、銀行が許容する返済額の上限となります。
「月14.5万円なら払えるよ!」と思うかもしれません。しかし、ここに銀行特有の「計算トリック」が入ります。
2. 審査の裏で使われる「審査金利」の正体
ここが今回の「なぜ?」の核心です。
銀行が返済比率を計算するとき、実際に適用される「0.4%」のような低い金利ではなく、「審査金利(実行金利)」と呼ばれる高めの金利を使って計算します。
審査金利とは?
「将来、金利が上がっても返済できるか?」をテストするための、銀行内部のシミュレーション用金利です。
具体的な数字は銀行によりますが、一般的に「3.0% 〜 4.0%」程度と言われています。
なぜこんな高い金利で計算するのでしょうか。
住宅ローンは35年という長い契約です。今は超低金利でも、10年後、20年後に金利が上がっている可能性は十分にあります。銀行は「今の金利で返せるか」ではなく、「最悪のケース(金利が上がった状態)でも破綻しないか」というストレス耐性を見ているのです。
シミュレーション:0.4% vs 4.0%
年収500万円の人が、4,000万円を借りようとした場合で比較してみましょう。
| 計算に使う金利 | 毎月の返済額 (35年返済) |
年間返済額 | 返済比率 (年収500万に対し) |
審査結果 |
|---|---|---|---|---|
| 実際の金利 (0.4%) |
約 10.2万円 | 約 122万円 | 24.4% | 余裕でクリア |
| 審査金利 (4.0%) |
約 17.5万円 | 約 210万円 | 42.0% | アウト(審査落ち) |
ご覧の通り、実際の金利(0.4%)で計算すれば返済比率は24%で余裕ですが、審査金利(4.0%)で計算すると返済比率は42%に跳ね上がり、銀行の基準(35%以下)を超えてしまいます。
その結果、銀行はこう判断します。
「4,000万円は貸せません。審査金利4.0%でも返済比率が35%に収まる、3,300万円までなら貸します」
これが、「年収の10倍なんて貸してくれない」「思ったより減額された」という事態の裏側で起きている計算の正体です。
銀行が意地悪をしているわけではありません。「金利上昇リスク」を厳しめに見積もっているからこそ、借入可能額にはキャップ(蓋)がされるのです。
3. 「額面」と「手取り」の致命的なギャップ
さて、ここで一つ怖い話をします。
一部のネット銀行などでは、この審査金利を低く設定していたり、フラット35のように「実際の金利」で審査をしてくれるケースもあります。
その場合、年収の9倍〜10倍近い金額まで借りられてしまうことがあります。
「やった!希望額が満額通った!」と喜ぶのは早計です。なぜなら、銀行の審査基準には、私たちの生活実感において致命的な欠陥があるからです。
銀行は「税金」を考慮してくれない
返済比率の計算に使われる「年収」は、税引き前の「額面年収」です。
しかし、私たちが毎月のローンを支払うのは、税金や社会保険料が引かれた後の「手取り月収」からです。
【年収500万円のリアル】
- 額面年収:500万円
- 手取り年収:約390〜400万円
- 手取り月収:約25〜26万円(ボーナスなし換算)
もし、銀行の限界ギリギリ(返済比率35%)まで借りてしまうと、額面ベースでは「年間175万円(月14.5万円)」の返済になります。
- 手取り月収:25万円
- ローン返済:14.5万円
- 残りの生活費:10.5万円
残り10万円ちょっとで、食費、光熱費、通信費、教育費、そしてマンションの管理費・修繕積立金(約2〜3万円)を払わなければなりません。どう考えても生活は破綻します。
銀行の「貸せる額(審査上の上限)」と、あなたの「返せる額(生活上の上限)」は、ここまで違うのです。
4. 「見えない借金」が審査を邪魔する
「年収の7倍どころか、5倍でも審査に落ちたんだけど?」
そんなケースもよくあります。この場合、原因の多くは「他の借り入れ」です。
返済比率の計算には、住宅ローンだけでなく、「すべての借金の年間返済額」が含まれます。
- 車のローン(マイカーローン)
- クレジットカードのリボ払い
- カードローン(キャッシング)
- スマートフォンの分割払い
特に見落としがちなのが、スマホの端末代金の分割払いです。
月々3,000円の分割払いでも、年間3.6万円の借金返済とみなされます。
さらに、審査金利(4.0%など)で厳しく計算されるため、たった月数千円の「他の借金」があるだけで、住宅ローンの借入可能額が100万円〜200万円単位で減らされることがあります。
もし限度額いっぱいの借入を目指すなら、車のローンやリボ払いは、審査前に完済して解約しておくのが鉄則です。
5. まとめ:「貸してくれる銀行」は「いい銀行」か?
なぜ銀行は「年収の〇倍」までしか貸さないのか。
それは、銀行自身が将来の金利上昇リスクから身を守るためであり、結果としてそれが、借り手が破産するのを防ぐ防波堤にもなっています。
逆に言えば、「審査金利を甘くして、年収の10倍でも貸しますよ」という銀行があったとしたら、それは「親切な銀行」なのでしょうか?
もしかすると、「あなたが生活苦になろうと知ったことではない(保証会社がいるから銀行は損しない)」と考えている銀行かもしれません。
本当の「適正額」を知るための計算式
銀行の審査基準(額面の30〜35%)に頼らず、自分で安全圏を守るための基準を持ってください。
筆者が推奨する、無理のない返済比率は以下の通りです。
手取り月収の 20% 〜 25% 以内
手取りが30万円なら、月々の返済は6万円〜7.5万円まで。
これに管理費などを足して、住居費全体で手取りの30%以内に収めるのが、旅行や貯蓄も諦めないための黄金比率です。
「それじゃあ、都内で家なんて買えないよ!」
そう思われたかもしれません。しかし、それが「現実」です。
その現実を無視して、銀行が貸してくれるマックスの金額で家を買うことは、将来の自分に過酷な労働を強いる契約書にサインするのと同じことなのです。

